174.富士マサ抜きを始めたころ

更新日:2017年03月27日

撮影:昭和33年12月

富士の裾野の演習場に連接した広大な農耕地には、富士マサといわれる不透水盤があって、その上に黒ボクといわれる作土があります。水を透さないマサの上の黒ボクの厚さは20センチメートル前後で、雨が降るとドロドロになり、限られた作物しかできませんでした。

富岡村と須山村が裾野町に合併した昭和32年に、農業構造改善事業として、県に依頼して農業機械化公社を設立してもらい、大型農業機械を導入して富士マサ抜きを実施することになりました。

この写真は、大型機械の深耕によるマサ破砕の実況を査察する県農林水産部長ほかの皆さん方です。