裾野市の文化財

裾野市には、世界遺産が1件、国指定文化財が3件、県指定文化財が3件が、市指定文化財が14件とその他にも指定文化財候補の文化財があります。
裾野市の文化と歴史を知るためにも、ぜひ一度ご見学ください。

富士山(ふじさん)(世界遺産、国指定・史跡、国指定・特別名勝)

所在地

静岡県・山梨県

指定日

  • 平成25年6月26日(世界遺産)
  • 平成23年2月7日(国指定・史跡)
  • 昭和27年11月22日(国指定・特別名勝)

市の須山浅間神社や富士山域(須山口登山道を含む)25の構成資産からなります。
富士山は、美しく荘厳な姿から、時代を超えてさまざまな信仰の対象となり、また優れた多くの芸術作品に取り上げられるなど、まさに日本文化の源となってきました。古くから現代まで人々にさまざまな思いをかき立ててきた富士山。世界遺産登録はゴールではなく、人類共通の財産として未来へ引き継いでいくための新たなスタートです。

富士山の写真

富士山(富士山資料館横から)

須山浅間神社の写真

須山浅間神社

須山登山道の写真

須山口登山道(須山御胎内)

旧植松家住宅(きゅううえまつけじゅうたく)(国指定・重要文化財)

所在地

裾野市千福7-11(中央公園)

指定日

昭和48年6月2日

旧植松家住宅の写真

源頼朝が富士の一帯で巻狩りを行った際に尾張国津島(愛知県)から当地に移住した一族を起源とする植松家の住居であったものです。
建物自体はもともと裾野市石脇に建っていましたが、調査・保存のため現在地に移築されました。建築手法から江戸時代(18世紀より前)の豪農(農家の名主)の家の構造を維持しているといわれています。また、静岡県東部地域の古民家のなかでも保存状態が良く貴重な建物です。


見所は

  1. 家を支える太い大黒柱と中柱
  2. 曲がりくねった梁
  3. 職人技によって葺かれた茅葺(かやぶき)屋根などが挙げられます。

見学

  • 個人で見学する場合開園時間内に自由に見学してください。
  • 団体で見学する場合利用申請書を提出してください。他の団体と時間が重なる場合や、イベントなどが入っている場合があります。事前に確認したい場合は、生涯学習課(電話 055-992-3800)へご連絡ください。
  • 見学時に職員による解説を希望する場合生涯学習課(電話 055-992-3800)へで日程をご相談ください。その後、利用申請書の提出をお願いします。

住宅内は展示会やイベントなどで利用できます

赴きある重要文化財の建物を利用し、展示会やイベントを開催してみませんか?過去には、ミニ演奏会や山野草の展示会、クリスマスリース作り体験、話し合いなどのの会場として利用がありました。

利用にはルールがあります。希望する方は、イベントなどの企画段階で一度ご相談ください。その後、利用申請書の提出をお願いします。

旧植松家住宅内に山野草の展示している写真

山野草の展示

旧植松家住宅内でリースづくりをしている写真

リースづくり

景ケ島渓谷屏風岩の柱状節理(けいがしまけいこくびょうぶいわのちゅうじょうせつり)

所在地

裾野市千福721他

指定日

平成3年3月19日

景ケ島渓谷屏風岩の柱状節理の写真

景ケ島渓谷は、佐野川が裾野溶岩(玄武岩の溶岩)を侵食してできた渓谷で、約600メートルに渡って延びています。その末端は見事な柱状節理が、高さ約10メートル、幅約70メートルの範囲で広がっています。水面との映し鏡の様は、さながら溶岩でできた屏風のようです。

五竜の滝(ごりゅうのたき)(県指定・天然記念物)

所在地

裾野市千福7-11(中央公園)

指定日

平成9年3月17日

五竜の滝は、通常、本流にかかる3条の滝を「雄滝」、支流にかかる2条の滝を「雌滝」と呼び、左から「雪解」、「富士見」、「月見」、「銚子」、「狭衣」と名が付けられており、五竜のゆえんとなっています。それぞれの滝はいずれも一枚の溶岩流から流れ落ちています。

雄滝の写真

雄滝

雌滝の写真

雌滝

木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいざぞう)(県指定・有形文化財)

所在地

現在は東京国立博物館で保管

指定日

平成14年12月10日

木造阿弥陀如来坐像の写真

像高88.1センチメートルからなっています。右手を上げ、頭部と体幹部を一木の割矧造り(わりはぎづくり)とし、像底を上げ底状にえぐり残しています。張りのある面貌、太目の首、がっしりした体躯など力強い表現をとっています。静岡県における慶派仏師による鎌倉時代前期の作例として貴重なものです。

頼朝井戸の森(よりとものいどのもり)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市須山2255-26

指定日

昭和42年12月14日

頼朝井戸の森の写真

この森は、源頼朝が「富士の巻狩り」を行ったときに、当地の湧き水で喉を潤し、感銘をうけて祝したとされることから呼ばれています。森自体は十数種以上の多種多様な高木や中低木からなる落葉樹林を主とした原生林で、前面の低地は湿地帯となっており、かつては泉が枯れることなく湧き出ていました。
広大な森は、多種多様な野鳥の営みの場となり、美しいさえずりやキツツキの幹をたたく音も聞こえてきます。

浅間神社社叢(せんげんじんじゃしゃそう)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市須山721番地他

指定日

昭和42年12月14日

浅間神社社叢の写真

須山浅間神社の社叢には杉の巨木が約20本あり、樹齢400年を超えるともいわれ、中には樹高約50メートル、目通りの太さが周囲7~8メートル程のものが2本見られます。境内は日中でも鬱蒼とした森となり、浅間神社の長い歴史を物語っています。

愛鷹ツツジ原生群落(あしたかつつじげんせいぐんらく)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市須山2430番地

指定日

昭和42年12月14日

愛鷹ツツジ原生群落の写真

アシタカツツジは、牧野富太郎博士の命名によるもので、愛鷹山や天子岳に自生する珍しいツツジです。落葉低木ですが越前岳にはかなり大きく成長した木も見られます。花冠は縦3センチメートル外で紅紫色をし、純粋種では雄しべの数は10本ありますが、低地に下がるに従って山ツツジとの交配種が多くなり、雄しべの数も7~9本となります。
分布は標高800~1500メートルの間に見られます。指定された地域の面積約2ヘクタールで、5月下旬から6月上旬にかけて開花し、開花時の眺めは山一面が紅紫色となり見事です。
昭和47年9月22日に「市の花」に指定されました。

景ケ島渓谷(けいがしまけいこく)(市指定・名勝地)

所在地

裾野市葛山10-3他

指定日

昭和43年6月17日

景ケ島渓谷の写真

景ケ島渓谷は黄瀬川の支流佐野川にあり、集塊岩(しゅうかいがん)や溶岩流が浸食された奇景(きけい)に富む渓谷です。
名勝地に指定された区域は、上流の宮川橋下から屏風岩に至る約800メートルの範囲で、景ケ島とその周辺にはさまざまな姿をした奇岩や渓流が多く、「駿州葛山村景ケ嶋之図(しゅんしゅうかずらやまむらけいがしまのず)」によれば、神楽岩(かぐらいわ)・牛潜岩(うしくぐりいわ)などの奇勝をはじめ数多くの奇景をもって知られています。
近年、遊歩道や広場などが整備され、市民の憩いの場として広く利用されています。
また、景ケ島渓谷中央の依京寺(えきょうじ)は、弘法大師の作と伝えられた由緒深い正観世音菩薩像が、自然のままの岩に彫られており、古くから信仰の対象となっています。そのためか、境内には各種の石仏や石造物が建てられています。

富士裾野大野第2風穴(ふじすそのおおのだいにふうけつ)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市須山官無番地

指定日

昭和46年8月25日

大野第2風穴は4つの空洞部が結合してできた風穴です。
入口部はガスの噴出によってできた陥没孔です。
最も大きい空洞壁中央部は、初期の床面の痕跡を側壁の中央付近に残しています。洞窟の当初の形は見られませんが、規模の大きなものです。
なお、東富士演習場内にあるため、普段は立ち入り禁止です。

富士裾野大野第2風穴の写真

風穴入口を見上げる

葛山城址(かずらやまじょうし)(葛山氏墓地(かずらやましぼち)を含む)(市指定・史跡)

所在地

裾野市葛山

指定日

昭和48年2月24日

葛山は、室町・戦国期を通じて、東駿一帯に勢威を振るった国人領主、葛山氏の本拠地です。
現在、葛山氏が平時住居した館址と戦闘に備えて築造した城祉があり、居館と詰城とが一対となって遺存し、中世城郭の形態を明確に知ることができる数少ない貴重な史跡です。城は愛鷹山の突端、居館や城下集落を見下ろせる位置にあります。城域は東西350メートル、南北70メートル余りです。
墓地は仙念寺本堂北側にあり、城址本丸に上る道沿いに位置します。武田氏の子を養子として迎えたため、墓の家紋は武田菱となっています。

葛山城址全景の写真

葛山城址全景

葛山氏墓所の写真

葛山氏墓所

葛山氏居館址の写真

葛山氏居館址

宗祇の墓所(そうぎのぼしょ)(市指定・史跡)

所在地

裾野市桃園154

指定日

昭和51年3月24日

宗祇の墓所の写真

飯尾宗祇(いのおそうぎ)は室町時代に諸国をめぐった連歌師です。関東をめぐる道中、箱根の地で病によって亡くなりました。享年81歳でした。弟子たちは遺言により宗祇が生前こよなく愛した富士山麓へ篭(かご)に乗せて遺骸を運び、その日の夕刻、ゆかりの地である定輪寺に葬ったとされています。

岩波風穴(いわなみふうけつ)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市岩波109-1

指定日

昭和52年5月6日

総延長219.75メートルに及ぶ洞窟で、天井の崩落跡が入り口になっています。見事な溶岩棚が発達しており、富士山溶岩洞窟の中でも屈指のものといえます。
学術的価値を持つ洞窟動物が多種生息しており、コマカドシロツチカニムシやコマカドオビヤスデなどの退化した眼や体色が白いなどの洞窟に適応した特徴をもつ生物が報告されています。

入り口を望む写真

入り口を望む

風穴内部の写真

風穴内部

楠林(くすのきばやし)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市葛山15-1

指定日

昭和55年11月21日

このクスノキ林は、ショウノウ(樟脳)を採るために明治8年に植林したもので既に樹齢百年余を経過しています。樹齢百年余のクスノキのみの林が5千平方メートルも広がるのは稀です。

クスノキ林の写真
クスノキ林が広がる写真

須山浅間神社棟札(すやませんげんじんじゃむなふだ)(市指定・有形文化財)

所在地

裾野市立富士山資料館

指定日

昭和60年2月21日

今に残る社殿の棟札のうち下の写真の二枚は特に古く、右側の札は大永4甲申年(1524)の文字(他の文面については判読不能)が認められ、左側の札は慶長16辛亥年(1611)霜月古祥日、称宜渡辺対馬守、同三郎兵衛尉、大工善兵衛尉とあります。大永4年の棟札は静岡県東部では最古の棟札といわれ、裾野市指定の有形文化財とされています。

慶長16年の札(左)、大永4年の札(右)の写真

慶長16年の札(左)、大永4年の札(右)

須山田向十二社神社社叢(すやまたむきじゅうにしゃじんじゃしゃそう)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市須山2346-1他

指定日

平成3年3月22日

須山田向十二社神社社叢の写真

田向の十二社神社は、祭神に天津彦火瓊々杵尊(あまつひこににぎのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀(まつ)っている。創建は明らかでありませんが、享保年間(享保元年~享保21年)に再建された棟札が残っていることから、それ以前に建立されていたものと考えられます。
約400坪の境内には目通りの周囲の太さが3~5メートルのスギが5本あり、1メートル以上のスギが18本立ち並び、このうち3メートル以上のものは樹齢400年を超えるものと思われます。これらのスギを中心にモミジ・カシなどの古木や周囲に植樹されたスギなども加え、日中でも暗い社叢(神社の森)を形作って います。

十里木氷穴(じゅうりぎひょうけつ)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市須山2255-351

指定日

平成16年4月22日

十里木氷穴の写真

十里木氷穴は約1200年前、罐子山(かんすやま)から噴出した十里木丸尾(まるび)溶岩流によってできた複合溶岩樹型です。
直径2.5メートルに及ぶブナの巨木を中心に、溶岩に巻き込まれて流れてきた7本の木が、この巨木にひっかかって止まり木が燃え尽き、中が空洞化して複数の溶岩樹型がまとまって形成されたものです。
また、富士山麓で「氷穴」と名の付く溶岩樹型は、この十里木氷穴だけであり、その形成過程とともに、珍しく貴重なものです。
かつては中に6月末まで氷柱が見られましたが、最近では5月中頃には溶けてしまうことが報告されています。製氷機械ができる前までは、地元の人たちは勿論のこと、遠方から多くの人が訪れて氷を利用していました。

黒岳の自然杉群落(くろだけのしぜんすぎぐんらく)(市指定・天然記念物)

所在地

裾野市須山2311-18、裾野市須山2311-326

指定日

平成27年2月23日

愛鷹連山の黒岳山頂には自然杉が群立しています。特に目通り3メートルを越える19本は樹齢400年前後と思われ、これほどの太さの杉は市内でも非常に希少なものです。また、これらの杉は、優れた形質を持つため植林用苗木の種子を採集する精英樹として利用されてきた歴史があります。指定区域は自然杉の群落地であると同時に、その生育環境の模式地として学術的にとても貴重な区域です。

自然杉の写真
黒岳全景の写真

その他の文化財(指定文化財候補)

蕨手刀(わらびてとう)

蕨手刀は柄頭がわらびの芽のような形をしていることからこの名があり、奈良平安時代を中心に東北・北海道より多く発見され、関東・中部地方まで分布しているがそれ以西での発見はめずらしい事例です。
須山滝之沢古墳(すやまたきのさわこふん)出土の蕨手刀は鉄製で全長50センチメートル内外と推定され、静岡県内での出土例もきわめて少なく、8世紀前半に造られたものと思われます。

柏木屋敷跡(かしわぎやしきあと)

柏木屋敷は背後に川を控え、四方に土塁と水堀を巡らし、中世土豪の屋敷の形態を現在も保っています。虎口は西方に向かって設けられ、土塁は南方において高さ1.5メートル余りを有します。
屋敷に代々居住した柏木氏は、茶畑に鎮座する浅問神社の神職を努め、天文20年(1551)あるいは同21年頃、葛山氏から神領を安堵され、また勧進を受け、国人領主の庇護下にあったことが、古文書によってうかがい知ることができます。

深良用水(ふからようすい)

深良用水は芦ノ湖を水源とし、灌概(かんがい)用水として使用されています。その灌概の範囲は、裾野市はもとより、御殿場市、長泉町、清水町の二市二町にまたがっています。
深良用水の工事は深良村の名主大庭源之丞(おおばげんのじょう)が発起、新田開発に実績のある友野与右衛門(とものよえもん)らによって寛文6年(1666)から掘り始められ、寛文10年(1670)に完成しました。
4年の歳月を要して全長1,280メートル、費用堰整備含め9,7000両、今の金額で約10億円に試算されます。

十里木関所(じゅうりぎせきしょ)

十里木街道は、大宮(富士宮)と箱根竹之下(小山町足柄)とを結ぶおよそ十里の道のりで、竹之下より足柄峠を越えて相模へ通ずる街道でした。富士郡から甲斐(山梨)方面や御殿場方面へ物資を運ぶ時には十里木街道がよく使われていました。
十里木関所周辺は、十里木街道の人々の往来と郡界を通る荷物の管理を行なう問屋場という役目を担う村であったと推測され、関所が設けられたものと思われます。

武田信玄発給文書(たけだしんげんはっきゅうもんじょ)

武田信玄にゆかりのある普明寺に保管されています。武田信玄が普明寺に送った文書で、いずれも普明寺の立場・地産を擁護するものであり、信玄との強いつながりを示しています。

深良七石(ふからななせき)

原の「銭神石」と佐野堰取入れ口にあった「震(ゆるぎ)石」、遠道原の「藤石」と震橋の「犬石」、切久保遠道原林道の「平石」、和田の「神楽石」、「たて石」は南堀山を3キロ程登った所にあるケヤキの木を前にした巨岩で、七石では最大級です。

(注釈)これらの、七石は宅地開発などにより消滅したものもあります。

唯念名号塔(ゆいねんみょうごうとう)

唯念上人は、幕末~明治に伊豆・駿河・甲斐・相模を巡って念仏信仰の普及に努めた名僧です。
度重なる自然災害や社会変動に農民たちは不安を感じていた中、唯念は自ら書いた「南無阿弥陀仏」の六文字名号を自然石に刻ませて村境や辻々に建て、農民に分かりやすい教えを広め、心の支えとなりました。
裾野市内にも唯念上人が立ち寄ったとみられる掛け軸や名号塔が数多く残されています。

千福城址(せんぷくじょうし)

現在の普明寺付近が館跡といわれ、その裏山が千福城跡といわれています。武田氏に仕えた葛山氏の一族である御宿氏の居城になったといわれています。

氏元古文書(うじもとこもんじょ)

葛山氏元が浅間神社修造のため、家別に八木(米)5ヶ年勧進することを許可した書状です。

荘園寺湧水(しょうえんじゆうすい)

今までの地震に関係なく湧きつづけており、周辺地域の生活・農業用水の水源として大事にされています。水源には、水神塔と南無阿弥陀仏と記した名号碑が建っています。また、水源奥の岩壁には、岩肌に彫られた倶利伽羅不動があります。

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電話:055-994-0145
ファクス:055-992-4047

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更新日:2018年01月10日